2009年2月15日、エルサレム賞授賞式でのメッセージ。
やさしくわかりやすい表現、そして強い意志のメッセージにとても感銘を受けました。
朝日新聞のホームページリンクします。asahi.com
パレスチナ、イスラエル問題の国際問題について詳しく述べるつもりはありませんが、
村上春樹さんのメッセージを聞いたとき、世界中の有識者の方が、世界平和について
もっと声をあげることがなぜできないのか、ふと考えました。
そして、このような「平和」について考えるとき、いつでも思い出す言葉が、
「後世に残るこの世界最大の悲劇は、悪しき人の暴言や暴力ではなく、善意の人の沈黙と無関心だ」
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の言葉。

(画像提供:ウィキペディアより)
「善意の人」の沈黙と無関心。
悪いことは悪いと、たとえ周囲と意見が異なっても、声をあげることができる?
はずかしい
(私が)言っても何も変わるはずがない
(相手に)言っても理解できるはずがない
目立つと周囲から色々言われる
気付きたくない
(気付いたなら声をあげるべきだが、偽善者と思われるのが怖い)
『怖れ』に囚われた自分がわかる。。。。。
この「怖れ」手放すことが容易にできるだろうか。。。
「やっぱり、周囲の助け、周囲の目、同じ意見の人がいないと、」などなど
色々言い訳が頭に浮かんで、結局すぐに手放せない事のように思いました。
村上春樹さんが、授賞式に出席するか苦慮していたとどこかのニュースで耳にし、
それゆえ、更に感動が増しました。
村上春樹さんは、沈黙ではなく、声をあげて、関心を示すことを選択しメッセージを
全世界に送ったのだと思いました。
「受賞のニュース」が「平和のメッセージ」として声がしっかりと届いていることが、
感動的でした。
イスラエルの攻撃に対する批判として、「壁」と「卵」の言葉を使って表現した、と報道されてますが、「壁」を正義とし、「卵」を人間(命)とするならば、イスラエル問題に限らず、複雑な世界情勢に
投じた「平和のメッセージ」だったような気がします。
日本は平和な国。
平和憲法を改定し、正義という「壁」を盾に、「卵」を割ってしまう立場にならないように、
政治に関心をもち、声をあげられる人になりたいと思います。